九月の中頃の、昼下がり。未だ残る暑さにうんざりしつつ、おれは屋上のベンチに体を預けている。
隣に座る泉ちんはやる気なさげに背中を曲げて、自分の太股に頬杖をついている。そんなだらしのない格好ですらも様になっているのだ。正直ちょっと、羨ましい。

◆なつ、とか

「なずにゃんてさぁ、俺のコト好きだよね」
夏の茹だるような暑さで気でも狂ったのか、 どこからそんな自信が生まれるのか全く以て理解できないような、そんな言葉をいけしゃあしゃあと音にする。
「…なんだそれ」
珍しく此方を真っ直ぐに見つめる瞳と視線がぶつかって、上手く声が出せない。図星だったからとか、そういうのではない。ただ初めてあったその日から、この目に捕まると上手く声が出なくなる。なんでとか、そんなものこっちが聞きたいぐらいだ。
それから数分間、いやおれがそう感じただけで、実際はほんの数秒だったのかもしれない。どちらも何も言わないで、ただ黙って見つめあう。そんな状況がどうにも居心地悪くて、おれはそっと顔を伏せた。
誰かに見られてるわけでもないし、周りには誰もいないのに。いけないことをしてるわけでも、ないのに。おれの心臓は早鐘を打つのをやめない。世界のすべてからおれたち二人だけが切り取られたみたいな、そんな錯覚を覚えるほどに周りの音が遠く感じる。なんでかすごく、息が、しづらい。
こいつはいったい何を考えているんだ。
おれが、泉ちんを、すき、とか。
そんなこと、あるわけないのに。
「…ふぅん」
それからまた暫く間が空いて、やっと泉ちんの口から出たのはそれだけ。
それだけかよ、とか何だったんだよ、とか、いろいろ言いたいことはあったけど、素っ気無く言った泉ちんがどんな表情をしているのかが少し、ほんの少しだけ気になって、それで。伏せていた顔を上げたその瞬間に、一際強い風が吹くものだから思わず目を閉じて、開いたら。そこに、底の見えない冷たい水色の宝石が、目の前に、あって。

「俺はそんなに嫌いじゃないよ、なずにゃんのこと」

唇が触れるか触れないか。 相手の吐息さえもはっきりときこえる程の距離に、既に上がっていた心拍数は更に上昇する。細められた瞳は、左頬に添えられた掌は、確かにおれを捕らえて瞬きすることすら許さない。
涼しげな笑みを湛えたまま、なにごともないことのようにさらりと告げられた言の葉に、止まりかけていた思考は完全に停止する。
「じゃーね、なずにゃんも授業に遅れないように、戻りなよ」
そのまま、おれには滅多に向けない『いい笑顔』を浮かべたまま、ひらひらと片手を降りつつ屋上を去っていく。
「……なんなんだよ、ほんと……」
一人、屋上に残されたおれは重たい左手を自分の顔まで持ち上げる。泉ちんに触られた頬は熱く火照っていて、なまぬるい筈の自分の指さえ氷のように冷たく感じた。

夏は、もうすぐ終わる。暑さのせいには、できなくなる。
(なつ、とか・終)

夏のお話。自分で書いた文章ではありますが、とても気に入っています。初出:20160311

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